映画『この世界の片隅に』を極上音響上映で観てきた感想


映画『この世界の片隅に』 公式サイト
劇場用長編アニメ「この世界の片隅に」公式サイト

今年は本当に、我ながらどうしちゃったんだというレベルで映画を観に行っている。

観に行くだけならまだしも、どれもこれも素敵な作品ばかりなのだ。パンフレットもだいたい全部買っちゃってるのだ。年に1冊も買えば多いほうなのに、本当に我ながらびっくりだ。

そんななか本日公開となったこの映画は、この夏の2つの(個人的な)話題作のいずれとも異なる魅力を持っていたように思う。かたや圧倒的な大怪獣に恐怖し、巨災対メンバーに惚れ込み、かたや安定と信頼の映像美に魅了され、組紐につながれた男女を応援していた、この夏の2本の映画。

どちらも観客としては最高に存分に楽しめたエンタメ作品であり、でもキャラクターに感情移入することはあれど、世界観に没入するまでではなかった。良くも悪くも絵空事、現実にはありえない作品世界に興奮しつつも、自分の立ち位置は用意された席に座る聴衆A。ただの観客である。

ところがどっこい。
先ほど観てきた作品はどうにも様子が違っていた。

もちろん映画館で席に座って画面を観ていることに変わりはないのだけれど、作品世界──もとい、スクリーン上で繰り広げられる「日常」への没入感がとんでもなかったのです。

いつも以上に映像にのめり込み、かと言って特定のキャラクターに自分を重ね合わせるほどに感情移入しているわけでもなく。それでもなぜだか目の前で展開していく日常のその光景が、よく似た体験をしたことがあるはずもないのに真に迫って見えた。ただただ苦しく、でもあたたかく感じられた。まるで、一時的に魂を吸い取られていたかのような感覚。

 

── “すずさん” が、そこにいた。

 

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原作漫画は上巻を読んだだけ

映画『この世界の片隅に』 予告 PV
『この世界の片隅に』本予告 - YouTube

というわけで、公開初日に鑑賞してきました。片渕須直*1監督の映画『この世界の片隅に』

冒頭ではやたらとポエミーにどっこいしょと端的な感想をまとめてみましたが……実はわたくし、本作は、原作漫画の上巻しか読んでおりません。

じゃあどうしてわざわざ初日に観に行ったんじゃい、って話ですが。原作・こうの史代*2さんの漫画は 『夕凪の街 桜の国』を読んでいて好きだったし、試写会で好評価との噂は耳に入っていたし、なにより、クラウドファウンディング*3の募集段階から気になっていたので。……クラウドファウンディングは支援しそびれ、申し込んだ試写会も軒並み落選したのですが。

 

 

そんな感じで公開前から観る気は満々、だけど原作は完読しておくべきかどうするか悩んでいたところ、前述した「試写会での好評価っぷり」がちらほらとネット上で見受けられるようになりまして。

「それだけ評判なら、むしろ前情報なしで行ったほうが楽しめるんじゃね?」と思いたち、今日の今日まで、あえて情報をシャットアウトしていた格好です。

気になるインタビューやレビュー記事はURLだけまとめておいて、公式サイトも確認せず、鑑賞前に観たのは予告映像を一度きり。あとは原作を上巻だけ読んだくらい。ほぼ頭空っぽにして行ってきた。

だからかもしれない。冒頭に書いたように作品世界に惹き込まれ、どことなくゆったりと感じられるキャラクターたちの一挙手一投足を追いかけ続け、笑って、泣いて、痛くて、あったかくて──気づけば、2時間が過ぎていた。本気で時間を忘れるほどに見入っていたらしい。びっくり。

 

“すずさん”以外の何者でもない、のんさんワールドへの誘い

とりあえず、知らない人は四の五の言わず、まずは予告を観ていただきたい。

で、少しでも「おっ?」と気にかかる、観てみたいと思えるポイントがあったら、その足で劇場へレッツラゴー。実際に観た人があれこれと感想を語ることはできるけれど、本作に限ってはおそらく、言外の魅力があまりに多すぎるし大きすぎるんじゃないかと。「ガルパンはいいぞ」的な。

そのひとつが、主人公・北條すずの声を担当する、のん(能年玲奈)*4さんの演技。普段の自分はドラマも邦画もあまり観ないため、彼女の演技を“聴く”のは初めてだったのですが──いや、本当にこれがマジでパねぇほどに本気でしっくりきて最高っす。己の語彙不足を悲しむレベル。

物語がほぼ彼女の視点・モノローグで進行していくため、120分間全力で「スーパーのんさんボイスタイム!」になっており、それだけでもう幸せを感じられるくらい。声がかわいいとか演技がうまいとかじゃなくて、とにかくしっくりくるし、聴いていて落ち着く。ホッとするのです。

映画『この世界の片隅に』 PV 予告
『この世界の片隅に』本予告 - YouTube

声優初挑戦ということで若干のたどたどしさを感じる部分はあるものの、全体を通して聴けばそれも違和感のない程度。そうでもなければ、個人的にもあれほど作品に没入できなかっただろうし、映画の印象それ自体が変わっていた可能性すらある。

彼女はすべからく “すずさん” だったし、演技がどうのとか広島弁のイントネーションがどうのというレベルを越えて「あ、すずさんだ」としか思えなかった。上巻しか読んでいないにも関わらず。このあと中下巻を読んだら、間違いなくのんさんボイスで脳内再生される。

ちなみに、すずさんの夫の周作さんに関しては、第一声を聞いて「あ、オルガだ」と某ヤクザでガンダムな団長の髪型*5が脳裏に浮かんだものの、それも一瞬のことでした。すずさんワールドが例の髪型を上回った。やったぜ。

 

なぜだか泣けてくる、「絵」の表現と回想のイメージ

他方では、徹底的な時代考証のうえで描かれているという戦時中の広島・呉の風景と、そこで暮らす人々の生活の様子も印象的。舞台は1930〜40年代だというのに、目に映る景色は思いのほか穏やかで、貧しさや制限はあれど、たくましさを感じるものだった。

というのも、自分が過去に観てきた「戦争映画」のイメージといえば、色濃く感じられるのは悲劇や教訓、あるいは登場人物に対する「可哀想」「辛かったんだろうな」という感情。得てして悲観と絶望に満ち満ちた光景であり、それは空襲や原爆の表現によって強く刻み込まれている。

対して、本作『この世界の片隅に』で描かれる「戦時下」は、あまりにも普通で、穏やかで、時には輝きにすら満ちていて──。でもだからこそ、後半の突き刺さるような現実とどうしようもなさが、痛く痛く感じられたのだとも思う。この点はある意味で、「上巻だけを読んだうえで観に行って良かった」と思えたポイントかもしれません。

映画『この世界の片隅に』 予告 PV
『この世界の片隅に』本予告 - YouTube

ただし、そうした劇中で描かれる「痛み」は、ただ痛くて苦痛なだけのものじゃない。時にはモノクロで、時には水彩画によって描かれる戦争の痛みと悲しみは、抗うことのできない現実であると同時に、それでもなお続いていく、日常のワンシーンであるようにも見えてくる。

そうした情景と情動が、コトリンゴ*6さんのBGMとともに描写される格好。それがたまらない。特に感動的なシーンではないはずなのに、どこか懐かしさを感じる回想のイメージがピアノを基調とした劇伴をバックに流れると、なぜだか涙腺にピリピリくる。何と言うか……あったかい。

 

 

穏やかな生活も、辛く悲しい出来事も、その一瞬を絵画のごとく切り取れば、その前にも後にも日常は続いている。良くも悪くも “喉元過ぎれば熱さを忘れる” からこそ、その一瞬一瞬を “過ごさ” なければならない──なんて、そんなことを考えさせられた。

戦争の悲惨さをはじめ、深く深く突き刺さり、じんわりと広がっていく痛みには熱があり、熱く苦しく耐えがたい。けれどその熱もやがては癒やされて、心地よい温かさとなって全身に行き渡る。それはきっと誰にも共通していて、けれど各々に異なる、かけがえのない「日常」の温かさ。本作は、登場するキャラクターも、彼ら彼女らが過ごす日常も、何もかもが全体的に “あったかい” んですよね。ひとたび俯瞰すれば、戦時中であるにも関わらず。

映画『この世界の片隅に』 予告 PV
『この世界の片隅に』本予告 - YouTube

本作の魅力を一言で伝えるなら、そんな「あたたかさ」が映像全体を通して感じられること。終わりなき日常を漫然と楽しむのではなく、劇的な展開と設定に一喜一憂するでもなく、ただただ普通に流れ続いていく日々を、過ごしていく。不思議な魅力を持った映画でした。

公開初日ということもあり、やはり原作ファンが集まっていたのか、上映中の場内の雰囲気もどことなくあたたかかったです。すずさんのほんわかっぷりと、キャラ同士の掛け合いに癒やされ、随所で自然と笑い声が上がっていた感じ。めっちゃ良い雰囲気でした。

映画『この世界の片隅』に 立川シネマシティ 極上音響上映

鑑賞前は1回観れば充分だと思っていたのですが……これは間違いない、あと2回は観に行くやつだ。ただでさえ『シン・ゴジラ』と『君の名は。』を何度か観に行っているのに、またリピート作品が増える模様。

ガルパンといえば、自分は今回、『この世界の片隅に』を立川シネマシティ極上音響上映で観たのですが、やっぱり臨場感がすごい。

通常版と比較していないので何とも言えないものの、すずさんが「右手」の記憶を遡っていくシーン、自問自答の声々を積み重ねてく場面は四方八方から台詞が響きわたり、押しつぶされる感覚が強かったです。あとは空襲の音とか。

そんなこんなで、映画『この世界の片隅に』のざっくり感想でした。あと何回、すずさんに会いに行こうかな。

 

©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

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