『ルーヴルNo.9』は誰でも楽しめる漫画と芸術のコラボ!神谷浩史さんの音声ガイドもいいぞ


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 美術展で初めて、躊躇なく図録を買った。
 2,700円。あとで後悔するどころか、何度も開いて楽しんでいる。

 美術展で初めて、時間を忘れるほどに見入った。
 3時間以上。お昼を食べそびれて空腹のはずなのに、お腹いっぱい。

 特定の漫画家さんが目的だったわけでなく、完全に興味本位。ふらっと訪れ覗き込んだ世界は、自分もよく知っている「マンガ」のようでいてどこか違う、不思議な空間。絵画・彫刻に関する知識なんて人並みにあるかも怪しいのに、自然と惹き込まれ、魅了されてしまった。

 ──ルーヴル美術館、行きたい。

総勢16人の漫画家による、「ルーヴル美術館アンソロジー」?

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ルーヴルNo.9 〜漫画、9番目の芸術〜 | Manga-9Art

 現在、六本木の森アーツセンターギャラリーで開催中の『ルーヴルNo.9 ~漫画、9番目の芸術~』に行ってきました。フランスにおいて「第9の芸術」として評価されている「漫画(=バンド・デシネ-bande dessinée-)」をテーマにした展覧会であり、ルーヴル美術館監修の特別展です。

 本展覧会の背景には、漫画によってルーヴル美術館の魅力を伝える「ルーヴル美術館BDプロジェクト」など諸々のテーマがあるらしい……のだけど、芸術に詳しくない自分からすれば、「お、おう……?」と目を白黒させる話ばかり。な、なんかしらんが、おもしろそうだ!(小並感)

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六本木ヒルズ森タワー52階へ。ちなみに『ジブリの大博覧会』は70分待ちでした。

 そんなレベルの自分が、ノリと勢いでこの『ルーヴルNo.9』の会場へ足を運んだのは、とある平日の12:00過ぎ。「5分待ち」の案内が出ていましたが、スムーズに入場できました。

 「1時間ちょっとを目安にさらっと鑑賞したら、近くでお昼ごはんでも食べませう〜」などと気楽に入り口に吸い込まれ……会場から出てきたのは、15:30を回ろうかという時間でござった。……ランチどころか、おやつの時間じゃねーか! わぁい! ウラシマ状態!

 何も知らないままに「あ、神谷浩史*1さんだ!」と音声ガイドを借り(実は美術館で音声ガイドを借りるのは初めて)、オープニングムービーにワクワクしつつ( “第9の芸術” ……なんかラノベ(?)っぽい)、入場した先でお出迎えしてくれたニケ先輩にうひょー! となりつつ(サモトラケのニケ、ね)、ふらふらと解説を聞きながら場内を歩いていたら(神谷さんの “ガイド” もとい “演技” が最高)、いつの間にか、展示作品の文字も一字一句見逃すまいと舐めるように読んでおりました(だって、おもしろいんだもの!)

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会場内は一部撮影可能。荒木飛呂彦先生のゾーン、気合入ってるけど撮れなかった……。

 結果、気づけば3時間半が経っていた。昨年の『ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム展』も2時間近くかけてまわった覚えがあるけれど、そのときのおよそ2倍。それだけおもしろかったのです。

 本展覧会の詳しい内容は、公式サイトの「Introduction」から読めますが……正直、自分レベルで“芸術素人”な人には、いまいちピンと来ないのではないかと。曰く、ルーヴル美術館と関係があるらしい。曰く、展示物は漫画らしい。曰く、16人の漫画家が参加しているらしい──。

 で、もしかすると不適切な表現なのかもしれませんが……。この展覧会を最初から最後まで舐めまわすように鑑賞し、自分なりに抱いたイメージとしてしっくりきた表現が、これ。

 『ルーヴルNo.9』は、「ルーヴル美術館アンソロジー」である。

 ……いちオタクの語彙力では、こういった認識が限界でした。本展覧会で目に入ってきたのは、自分も作品名くらいは知っている日本の漫画家さん7名を含む、総勢16名の手で描かれた作品たち。そしてそれは、どれも「ルーヴル美術館」とその所蔵作品をテーマにしたものだった。

 ゆえに、この展覧会は「ルーヴル美術館」を題材にした、壮大な「コミックアンソロジー」なのではないか。さすがに「二次創作」と言うには語弊があるものの、ここに展示されているのは、「ルーヴル美術館」という存在を漫画家さんが各々に解釈し、自分なりの表現に落とし込んで描き出した、「芸術作品」とも呼べる漫画たちである──と。

 成否はともかく、自分の目には、そのように映りました。

「絵画」を眺めるように、「漫画」を読む

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 さて、それではいざ、展覧会会場へ。

 入り口でオープニングムービーを見たあと、次の部屋へ入ると、まずは「サモトラケのニケ」の原寸大レプリカが目の前でにっこり。周囲をたくさんの漫画が花びらのごとく舞い散るその姿は、まるで桜の木のような……ポケストップのような……(ボソッ

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 彫像の足下に降り積もるかのように堆積しているのは、本展覧会で展示されている作品たち。

 否が応でも目を引く『岸辺露伴ルーヴルへ行く』は言うに及ばず、海外の漫画家さんが描いた分厚いハードカバーの書物群は、思わず開いてみたくなる魔力を持っている。もちろん、展示品だからおさわりはダメよ! 出口のミュージアムショップまで我慢だ!

 さて、ニケから目を離して周囲を見渡せば、そこからはもう展示ゾーン。全3章構成となっている『ルーヴルNo.9』の第1章は「偉大なるルーヴル美術館」と題し、テレビなどでもたびたび目にする、ルーヴル美術館の“表の顔”に焦点を当てた作品が展示されています。

 中でもひときわ目立つのが、谷口ジロー*2先生の『千年の翼、百年の夢』

 慣れ親しんだ谷口さんの絵柄、その1ページ目の台詞が「うわあ、なんだか〜〜」で始まるせいか、アームロックをキメるスーツ姿の中年男性が自然と脳裏に浮かんでしまうが、そんなことよりも展示絵がでかい。

 写真で見るかぎりでも壮大かつ繊細なルーヴル美術館の内装、その細部に至るまでしっかりと書き込まれている様をじっくりと眺めることができ、絵を描かない人間からも「うおォン」と声が漏れるほど。こんなん、普通に単行本で読むよりも惹き込まれて当然じゃないですかー! と思わずにはいられない迫力でござった。ふつくしい……。

 また、個人的に見ていて「これは!」と思ったのが、ダヴィッド・プリュドム*3先生の『ルーヴル横断』。美術館それ自体ではなく、その空間を訪れている人間と飾られている作品を同列に並べて描き出すという、どこか写真っぽくもあり、皮肉っぽくもある絵の虜になった。

 『民衆を導く自由の女神』の横では、ツアーの旗を掲げるガイドの周囲に観光客たちが集い、あまりの人混みに『モナ・リザ』に近づくことすらできない紳士は、頭上に掲げたデジタルビデオの枠に縁取られた彼女を見、館内のあちこちには、意図せず彫像と同じポーズをしてしまっている人たちの姿が。

 本のほうで全編読みたくなるほどに気になった作品ですが、邦訳はされていないみたい。残念。でも、Kindle版はあるのか……。

 「ようこそ、異次元の世界へ」と題された第2章では、エンキ・ビラル*4先生がお目見え。

 筆者の創作による、ルーヴル美術館所蔵の作品にまつわる “亡霊” の物語が収められた『ルーヴルの亡霊たち』は、「漫画」というよりは一枚絵と「文章」で読ませる展示となっています。

 長文のせいか、この展示ゾーンでは早々に離脱してしまう人が少なからず見られた一方で、好きな人はじっくりと読みたくなる、 “読ませる” 内容となっていた印象。かく言う自分も、たっぷりと時間をかけて読み耽ってしまいました。ロンギヌスの話が好きです。

 そして、荒木飛呂彦*5先生もここで登場。

 ガイドの神谷さんもテンションMAX。本当にTwitterの展示イメージほぼそのままの展示となっており、特大露伴先生の存在感が尋常じゃない。あと、一緒に上映されていたルーヴル美術館の取材映像の中で動く荒木先生は、やっぱり若々しかった。

 この映像は、普通は入れないルーヴル美術館の裏の隠し通路や搬入出口を取材する荒木先生の姿と、それをどのように漫画へ反映させているかがわかる内容となっています。

 ただ、基本的には現地、ルーヴル美術館の風景をそのままイラストとして描き出しつつも、色使いや線のタッチは場面ごとに変えられている模様。つまり、現実世界の「ルーヴル美術館」を、如何にして「漫画の表現」として落とし込んでいるか、その一端がわかる展示と言えます。ドキドキ感がすごい。

 最後の第3章では「時空を超えて」、時代の異なる過去未来からルーヴル美術館を描き出す内容。中でもおもしろかったのが、ニコラ・ド・クレシー*6先生の『氷河期』の展示です。

 文明が崩壊し、人々が芸術を忘れた遠い未来。氷河の中から発掘されたルーヴル美術館で、地下に潜んでいた芸術作品たちと外から来た考古学犬が出会い、会話をする。

 「知識のない人が絵画や彫刻を見てどう感じるか」をユーモアと皮肉も織り交ぜつつ描き出しており、まさにその「芸術よくわからんマン」として会場を訪れていた自分は何とも言えない面持ちで、でも楽しく読むことができたのでした。これも本で欲しいな……。

「読める」から楽しめるし、「入り口」にもなる

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 この『ルーヴルNo.9』の魅力を一口に言えば、「芸術作品が “読める” 」という部分にあるのではないかと思う。展示作品が「漫画」であるため、とにかく敷居が低いのです。芸術に詳しい人は当然、関連する知識をフル動員して比較検討しながら楽しむことができる。

 でも逆に、芸術に詳しくない人でも、それが「漫画」という身近なフォーマットに落とし込まれているため、ストーリーを追いかけながら、文字と絵を“読みながら”、「芸術」を楽しむことができる美術展となっているのではないかと。少なくとも自分は、そのように楽しめました。

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 加えて、展示作品はすべて「ルーヴル美術館」という共通の要素を持っているため、それがわかりやすい「比較ポイント」となっている部分もまた、初心者向けに感じました。

 舞台としての「ルーヴル美術館」の立ち位置をストーリーと照らしあわせて比べることもできるし、もっとわかりやすい部分では、同じ「芸術作品」でもそれぞれに扱いが異なっていておもしろい。ルーヴル美術館に所蔵されている作品の、漫画での “描かれ方” を見比べる楽しみですね。

 例えば『モナ・リザ』ひとつとっても、『ルーヴル横断』ではデジタルビデオの画面に映し出され、『ルーヴルの亡霊たち』では亡霊の物語が描かれ、『氷河期』では貴婦人の姿が消え、坂本眞一*7先生の『王妃アントワネット、モナリザに逢う』ではフランス革命の悲劇と歴史の目撃者となっていたように。坂本先生の展示は、どデカい垂れ幕に描かれたシャルル=アンリ・サンソンも見どころやで!


音声ガイドでフルサイズを聴ける米津玄師さんのテーマソング『ナンバーナイン』もいいぞ。

 言うなれば『ルーヴルNo.9』は、芸術にせよ漫画にせよ、それら作品に新たに触れようという人の「入り口」に最適な、両者の素敵なコラボレーション。僕自身、それまで関心の薄かった絵画に彫刻、さらに海外の漫画作品ことバンド・デシネまで、今ではすっかり興味津々ですもの。

 そして何より、過去最高に「ルーヴル美術館に行ってみたい」と思えた。

 それまでは単なる観光地、テレビで見るやたらとデカくて常に混雑している世界最大級の美術館──という印象で、「まあ、生きているうちに1回行けたらいいよね」程度。それが今や、海外で最優先の「行ってみたいスポット」に登録されましたゆえ。ニケたんかわいいよニケたん。

 そんなこんなで、『ルーヴルNo.9 〜漫画、9番目の芸術〜』は森アーツセンターギャラリーにて、9月25日まで開催中です。夏休みの割に思ったほど混雑していなかったので、今が狙い目かと。年末年始には大阪で、来年は福岡・名古屋とまわる予定だそうです。興味のある方はぜひぜひ。

 

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