『猫語の教科書』愚かなる人間の家を乗っ取るための19の方法


 かの天野遠子女子曰く、「ギャリコの物語は、火照った心をさまし、癒してくれる最上級のソルベの味」らしい*1。――なるほど、わからん。

 自分が過去、実際に “食べた” ポール・ギャリコの作品と言えば、『雪のひとひら』かしら。とある“雪のひとひら”の誕生から消滅までを、人間になぞらえて描いた作品。

 とにもかくにも抒情的な描写が読んでいて心地よく、最後には「雪」と一緒に何かが溶けて消え去るような、不思議な読後感を味わったことを覚えている。……と考えると、たしかにシャーベットっぽさはあるかもしれない。まあテーマがテーマですしおすし。

 

 そんなギャリコの著作としてもう1冊、我が家の本棚に収まっていたのが、この『猫語の教科書』でござる。にゃーん。書店でタイトルが目に入り、手に取ってみたらギャリコの作品だったという。にゃーん?

 何の前知識もなく読んでみたら、思いのほかキレッキレな内容でたまげた。度し難きはギャリコっち……じゃなかった、「ぬこ」である。「お猫さま」である。彼奴らはすでにリアルワールドを征服し、今やインターネットをも手中に収めんとしている。やばい。

 でも、「それでもいっか」と思わせられてしまうのは、愛くるしい “彼女” らに絡め取られている人間の性のせいか。はたまた、程よい共生関係にありながら、彼女らもまた「人間を理解している」ことが本書から読み取れたせいか。なんにせよ、猫はかわいい。にゃーん。

 

猫の、猫による、猫のための“教科書”

 

 本書の冒頭は、著者であるポール・ギャリコ氏による、驚くべき前書きから始まる。曰く、「友人の編集者の玄関に届けられた暗号めいた原稿を解読してみたら、著者が猫だった」というもの。

 ――なんということだ。今日日、喋る猫なぞ珍しくもない存在ではあるものの、当時は1964年である。20世紀半ばにはすでに「猫」による人間統治が推し進められていようとは。そりゃあネットも猫画像で溢れるわけだ。 “イッパイアッテナ” で済むレベルじゃねーぞ!

 ゆえにこの『猫語の教科書』は、一口に言えば、「猫の、猫による、猫のためのハウツー本」ということになる。第1章「人間の家をのっとる方法」に始まり、人間の生態やうまく取り入る方法、生活環境の整え方、そして、一人前の猫としてのマナーまで。

 まだまだ未熟な “ヒト” たる自分が読んでみても、その洞察力と慧眼には恐れ入るほどだ。この筆者――“彼女”の書き口は、自由奔放ながら丁寧で、子猫でも学び取れる具体例と示唆に富んだ内容となっていると言える。どことなく、自己啓発書じみた構成となっている点も趣深い。

 

ひとり暮らしの男はどうも酒飲みが多いの。酔っぱらいって、本当にいやらしいから、読者の猫たちが出会わなくてすむようにと願わないではいられないわ。酔っぱらいは無責任で、自分が何をしているかもわからないのよ。家の中では役立たず、外に出せば恥知らず、というどうしようもないものです。

長いこと人間と暮らして観察した結果わかったのですが、人間どうしのもめごとの原因は、いつも必ずことばです。人間って、しゃべってはもめごとの種をまきちらす変な生き物なの。

 

 いやほんま、仰るとおりでっせ。全体としては、文字どおり「猫に向けた教科書」という体裁を取ってはいるものの、同時に「ヒトとの付き合い方」としての側面も強く、ヒトたる自分が読んでも「それな」と思わずにはいられない主張が多かった。それにゃ。

 ――人間の男とは、女とは。猫の居場所としてのベッドや椅子を獲得するには。おいしいものを食べる方法は。猫は猫らしく、独立心を持って常に優雅たれ。犬畜生とは違うのよ。猫には5千万年の歴史があるのよ――と。あ、僕は犬、大好きですよ、念のため。

 

 “編集者” こと、ギャリコも後書きで示しているように、本書は明確に「猫向け」の本でありながら、人間から見れば「ペットと仲良く暮らすためのコツ」であると読めなくもない。

 気まぐれ、自由闊達、思い通りにならない彼女らが何を考えているか、その一端を知ることのできる参考書として、非常に価値ある1冊。もちろん、それも1人……じゃなかった、 “1匹” の「猫」たる筆者のいち意見に過ぎないので、すべての猫に当てはまるとは断言できないけれど。

 

声なき声の伝家の宝刀、“さいれんと・にゃーん”

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 本書ではたびたび、家猫の必殺技として「声に出さないニャーオ」が登場する。これを使ったが最後、ヒトはお猫さまの下に跪き、すべてを投げ打ってでも要求に答えなければならなくなるという、いちげきひっさつの伝家の宝刀。最悪の場合、死に至る。

 

 欲しい物があるとき、この「声に出さないニャーオ」はすごいききめを発揮します。ほんとよ。でも使いすぎてはだめ。ここぞという時のためにとっておかなくては。

(中略)

 声なしのニャーオは、猫があまりに強く何かを望んでいて、声も出ないほどと人間の目にうつるようです。つまり憧れと絶望の「声なき叫び」として、人の心を揺さぶるの。

 

 ネットの文体で書くなら、「(にゃーん)」といった感じかしら。相手を見つめて、何かを訴えようとするかの如く口は開けるけれど、鳴き声は漏れてこないという声なき声。……これ、本当に心当たりがあるから困る。

 いやね、広島の尾道に行くと決まって、その辺のお猫さまと戯れることにしてるんだけど、何匹かに1匹はいるんですよ。大抵は飽きるとどっか行っちゃうんだけど、たまーにこちらを見上げて、物欲しそうな目で見つめてくるけど、何も言わない感じ。(にゃーん)。

 ――やめてよして別れが辛くなるじゃない! って。それがまさに、この「声に出さないニャーオ」だったんじゃないかしら……。

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尾道の猫は、やたらと絡んでくる(肩に乗られた)。

 ちなみに、本書の原題がまさにこれ、「The Silent Miaow」となっているそうです。うん、「猫語の教科書」でも別に悪くはないと思うけれど、こっちのほうがしっくりくる感じはある。 “Silent” にいくつかの意味が被さってそうな。

 そんなこんなでございました、『猫語の教科書』。おそらく女性目線で見れば、月影先生ばりに「――おそろしい子!」な顔になりかねない内容なんじゃないかと。猫こわい。マジこわい。でもかわいい。猫かわいい。にゃーん。

 ところで、冒頭の遠子先輩によるギャリコ評はあんな感じだったけど、本書もそれに含まれるのかしら。どちらかと言うと、口に入れた途端に毛玉となってリバースしそうな印象も……。文体としては、たしかにエレガントではある。「愛」のくだりも好きです。

 

人の心にある愛の謎はけっして解くことはできないけれど、それでも部分的にはわかることもあります。男も女も、老いも若きも、善人も悪人も、つまり人間全部に共通する特徴は、孤独ということ。そして猫とちがって、人は一人でそれに耐えられるだけの強さがないのです。猫が人間を支配できるのも、たぶん根底に、人は孤独の中で猫を必要とするという事実があるからでしょう。

 

 

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