読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぐるりみち。

日々日々、めぐって、遠まわり。

「コミックマーケット」というリセットボタン

サブカルチャー サブカルチャー-同人誌

f:id:ornith:20150816214640j:plain

 

 

 3日間のコミックマーケット88、その開催期間も今日で終了。無事に閉幕したということで、お疲れ様でございました。――と言っても、次の冬コミは12月29〜31日。4ヶ月後なんてあっという間。年末に向けてがんばるぞい。

 先日の記事 にも書いたように、僕自身は来年でコミケ参加10年目。……ぶっちゃけた話、委託販売やネット通販でも手に入れられる同人誌やCDを、わざわざあんなトンデモ行列に並んでまで買いに行くことに何の意味があるんだろう? と我に返ったこともありました。でも、行く。

 

 そこに、お祭りがあるから。

 

 

ネットの日常、コミケの非日常

 コミケは、大きな大きなお祭り。

 

 全員が全員そうだというわけではないけれど、昨今のコミックマーケットに関して言えば、サークル参加している人の多くは主に「インターネット」を活動の場としているような印象があります*1

 イラストならpixiv、音楽ならニコニコ動画やSoundCloud、文芸ならブログ――などなど。多くの人がTwitterをはじめとするSNSに親しんでおり、日常的なやりとりの場といえば“そこ”になるのではないかしら。他に、造形師さんやコスプレイヤーさんとかも。

 

 見方を変えれば、“日常”=“ケ”としてのインターネットで普段は交流・創作活動をしているのに対して、場所も時間も限定されているコミックマーケットが“非日常”=“ハレ”としての役割果たしているような印象。面と向かい合って話をするナマの体験であり、“お祭り”。

 ただし普通のお祭りと違うのは、ジャンルの垣根を超えた「みんな」が勢揃いするという点。“魑魅魍魎”と言うと失礼かもしれないけれど、他のどのようなイベントでもあり得ない、多彩な創作コンテンツとそのファンが一挙に集う場所。コスプレ広場に、人ならざるモノが混ざっていても驚かない。

 

 「ニコニコ超会議」が「ニコニコ動画」というネットコミュニティを可視化した空間だとすれば、あらゆるジャンルを跨ぐコミケはその拡張版と言えるのではないか、と。40年という歴史の中で見ても、SNSの普及によって、昨今はそうした意味合いも強まっているように思います。

 

 過去にはネットでの活動に始まり紅白歌手にまでなったRevo*2さんのようなクリエイターがいたのに対して、現在は紅白歌手からネットでの活動にも意欲的に取り組んでいる小林幸子*3さんのようなアーティストもいるという、さまざまな創作者が交差する場所でもあり。

 あの広い会場のどこかで、なにかわくわくすることが起こっている。それを一瞬でも共有できるのなら。一参加者として、それ以上に心躍る体験はありません。

 

 

創作と表現の大海原を往く

 万人の、個々に異なる価値観、その多様性の一端に触れようとするのなら、インターネットには“だいたいなんでもある”というのも、あながち間違っていないように思う。

 

 有名無名、メジャーな話題からニッチすぎて誰も見ないようなジャンルまで、どこかの誰かしらが語っているし、中には継続的に情報を発信している人も少なくない。

 どうしても似たような人間が集まったり、ルールによって組織・地域ごとに傾向が生まれてしまいがちなリアルのコミュニティと比べると、ちょっとリンクを辿れば真逆の価値観にさえ触れることのできるネットは、まだ多様性が保障されているように見えます*4

 

 一方で最近は、かたや下手なことを言えば「炎上」しかねないリスクがあったり、かたやそれぞれのウェブサービスでは親切にも「おすすめ」を提案してくれたりするため、各々のコミュニティが独立し閉じられつつあるような感覚も覚えるものではあります。

 日本国内だけでもネットが当然のものとして行き渡り、ウェブ上のコンテンツ量が膨大な規模になってしまった以上、それは自然な流れなのかもしれない。なんでもかんでも全部を参照するなんて無理なので、そのほうが圧倒的に効率的ですしね。

 

 ――と考えると、コミケの“非効率”っぷりは尋常じゃない。国内最大級の催事場を会場にしているとはいえ、数千・数万にも及ぶ机と椅子を並べれば空間は限られるし、なにより3日間の来場者数は50万人以上にも及ぶ。もうね、アホじゃないかと。ネット通販でええやん。

 けれど、その限られた空間に、普段は交わらないようなジャンル・クラスタの創作者とファンが押し寄せるため、思わぬ出会いも多いのですよ。基本的には自分の好きなジャンルのところへ向かうのだけれど、一息ついてその辺をぶらぶらしていると、訳のわからないものが併存していて超楽しい。ここは地獄の一丁目。

 

 鉄道主要駅の出口一覧本とか、各地の廃墟写真集とか、都内の銭湯まとめ本とか、男の乳首写真集とか、豆乳飲み比べの記録とか、地方ローカルの妖怪図録とか、受験勉強の攻略本とか、不動産の選び方マニュアルとか。

 普段は、書店に行っても気にしないような本棚にある本――あるいは、そもそも書店に売っているわけもないような創作物が当然のようにごろごろしており、最高に好奇心をくすぐられるのです。びっくり箱っていうレベルじゃねぇぞ!

 

 ネットだとあれこれ突っ込まれ、集中砲火を浴びかねない「創作」でも、ひどく限定的なコミケという空間においては、等しく「表現」として表に出すことができる。そうしたごった煮を見るのはむちゃくちゃ刺激的だし、あわよくば自分も混ざりたいと思えてくる。

 

 だから、コミケは楽しいのです。

 

生活と価値観のリセットボタン

 思いつくままにいろいろ並べてみましたが、一口に言えばアレっすよ。コミケに行くと、世の中にはいろいろな人がいて、彼らはいろいろなものが好きで、表現や価値観の幅は千差万別なんだなー、という当たり前のことを改めて実感できるのです。それだけ。

 日頃の生活を見れば、基本的には同じ場所に住み、生活し、同じような服を着て、会社や学校へ行き、変わり映えのないルーチンをこなすのが「日常」の基本。それはそれで落ち着くものだし、その中からちょっとした変化を探すのも楽しくはあるのだけれど……ずっと“同じ”であるのは、ちょっと怖くもある。

 

 自家中毒ではないけれど、同じことを続けることで摩耗していくものも、身体のどこかしらにあるんじゃないかと思う。それを避けるため、「いつもの」ではない「それ以外」を示してくれる空間として、コミケの存在は自分にとって特別なものなのかもしれない。

 

 ――とまあ、てけとーにそれっぽいことも書けたところで、今年の夏コミに一区切りをば。今回は初めて設営作業に参加してみたりと、貴重な体験もさせていただきました。参加者のみなさん、お疲れさまでした。

 

 

 リセットボタンを押したら心機一転、明日からまたがんばるぞい。

 

 

関連記事

*1:サークルスペースで、Twitterアカウントなどの文字列を見る機会が増えたので。

*2:Revo - Wikipedia

*3:小林幸子とは - ニコニコ大百科

*4:とは言っても、ウェブサービスやクラスタごとに独自のマナーがあり、衝突は日常茶飯事ですが(とうか、衝突の多さが「多様性」の証左?)。