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ぐるりみち。

日々日々、めぐって、遠まわり。

映画やアニメは好きなのに、ドラマを好きになれないのはどうしてだろう

サブカルチャー-映画 考え事 サブカルチャー

http://www.flickr.com/photos/27421581@N00/2423169331

photo by keithr™

 

 僕は、「物語」が大好きです。

 

 絵本、児童文学に始まり、あらゆる物語作品が幼い頃からずっと好きで、今でもそれは変わらない。途中、ライトノベルやサウンドノベルなど、ニッチなものにも手を出してきたが、総じて「物語」のある読み物が大好きだ。古典も、ギャルゲもあるんだよ。

 それは読み物に限らない。映画やアニメといった、映像作品を観るのも好きだ。それだけではなく、音楽のPV、ミュージックビデオのような作品や、ショートムービーなどを含んだ、「物語」性のある映像の大概も好きだ。MAD視聴歴は10年に及びます。

 

 ところが、ひとつだけ、どうしても好きになれないものがあります。

 

 それが、ドラマ。同じ映像作品でも映画ならば大丈夫なのに、ドラマというジャンルに限って、なぜか楽しむことが出来ない。特に、週一放送のテレビドラマ。

 昔から見ようとはするのだが、どうしても続かない。2話まで見れれば良い方で、3話まで続けて試聴できた試しがほぼない。どうしてだろう。

 

 

「演じている感」が気にかかる

 何よりも大きいのが、どうしても透けて見えてしまう、「演じている感」。大根役者だとか、殴るモーションに合わせてわざとらしく倒れこむとか、それだけの話ではなく。演技力や演出面を抜きにしても、どうにも俳優さんの一挙一動に違和感を覚えてしまう。

 アニメなどとは異なり、ドラマでキャラクターを演じているのは、どっからどう見ても生身の人間。なので、その不自然さを受け入れることが難しい。特に、小説や漫画など、原作ありきのドラマ作品だと、その傾向が強いように思う。

 

 一言で言えば、物語の中にしかいない「仮想」のキャラクターを、自分が日常の中で、「現実」で目にしている生身の人間が、無理をして演じているように見える。そんな部分が、気にかかってしまう。

 

唐突に流れるメインテーマ

 それと、これは僕の勝手なイメージかもしれないけれど。テレビドラマを見ていると、劇伴にも不自然さを感じる。

 

 僕は小学生の頃からゲーム音楽が好きで、中学時代には、「歌のない曲の何が良いんだよ……」なんて友達に変な目で見られつつも、好きなゲーム・アニメのサウンドトラックは欠かさず集めていた。

 場面に合わせて自然に挿入される楽曲は、それぞれのシーンを惹き立て、より印象深いものにする。僕にとって「良い劇伴」の基準は、「曲だけを聴いてその場面が自然と想起される」こと。昨今のアニメは、それが非常に自然になされているように感じる。

 

 けれど、ドラマで使われるBGMを聞いていると、これまた、なんかわざとらしい。何の作品とは言わないけれど、主人公のイケメン俳優さんが、「謎は全て解けた!」的な宣言をする場面で、音の自己主張が激しい楽曲が唐突に流れだして、思わず吹き出してしまったことがあります。すみません。 

 ドラマの宣伝、CMなんかでメインテーマを大々的に使っているのを聞くと、「やべー!かっけーじゃん!」と思うこともたまにはある。でも、それが本編のシーンで流れると、場面に合わないというか、途端に陳腐に感じてしまう不思議。

 

 ……僕が穿った見方をしているだけなのかな?

 

長編映画は大丈夫

 ドラマには苦手意識を持っている僕ですが、実写の長編映画ならば、割とイケる。とは言っても、見たことのある作品数は人と比べりゃ少ないはずなので、限定されはするけれど。

 

 邦画なら、青春モノ。『WATER BOYS』とか、『ジュブナイル』とか。瞳の中に見えるのは暗殺者じゃないです、レインボー。

 洋画なら、いろいろ。有名どころ。感動系が多いかも。『アルマゲドン』とか、『ショーシャンクの空に』とか。最近だと、『最強のふたり』がお気に入り。往年の冒険活劇、光る剣をぶんぶん振り回すやつとか、デロリアンがしゅっしゅっぽっぽするやつも大好きです。

 

 ドラマは駄目だけど、映画はOK。これは、視聴環境が大きな要因となっているんじゃないかと思う。

  先ほど書いたように、僕がドラマに苦手意識を持っている大きな理由は、どうしても見えてしまう「演じている感」。短くて30分、長くても1時間に満たない長さのテレビドラマでは、最初から最後まで集中して、世界観に浸って見ることは難しい。CMもあるし。

 

 しかし、映画ならば、約2時間という長時間。邪魔なCMもなく、たとえ序盤に「この俳優さん、演技がちょっと……」とか、「役がハマってないような……」と感じても、しばらくすると慣れてくる。

 さらに、映画館ならば、あの大画面と大音響。よほど周囲にうるさいお客さんがいなければ、家で小さなテレビにかじりついて見るよりも、作品に浸りやすいように思う。少なくとも、僕はそうです。映画館の方が、感動して泣く率は高い。

 

 そう考えると、ドラマも放送中にテレビで見るのではなく、パッケージ化されて発売した後にまとめて見れば、もしかすると好きになれるのかも……と、今、書いていて気付いた。今度、試してみよーっと。

 

明らかな「非現実」の作品

 もうひとつ。邦画よりも洋画を好み、また、アニメは昔から好きで見ていられるのは、それらが「日常的なもの」に見えないからなのかもしれない。

 日本から出たことがなく、外国籍の知り合いも少ない僕にとって、「ガイジン」は非日常の存在だ。街中で出くわしたり、道を聞かれることはあれど、それも一瞬の邂逅に過ぎない。そんな僕だからこそ、「どこか遠い出来事」である洋画は自然に楽しめるのかも。

 

 そして、アニメは、言うまでもなく「非現実」のものだ。人が描いたキャラクターは明らかに仮想・人工のものであって、それを自分も理解しているため、「ありえない」ものとして受け入れ、その「ありえなさ」に没入することができる。

 演技者の観点から見ても、声優さんに求められるのは、ほぼ「声」のみに特化した演技力だ。もちろん、それはそれで凄まじい技術が要されるものではある。

 

 一方、声のみならず、顔の表情や視線、身振り手振り、身体の動き、立ち位置など、「全身」すべてを使い、魅せる演技を求められる俳優さんは、声優さんとは違った意味での高度な技術を必要とされる。

  どちらが「演じる」ことの違和感を最小限に抑えられるかと言えば……多分、声優さんの方なんじゃないだろうか。声だけを聞くか、全身を見るか。全身だと、たとえ一部でも、ちょっとした違和感を覚えてしまうこともあるので。

 

育ってきた環境、単純に好みの違い?

 ――と、思い浮かぶ限り、ここまではそれっぽい理由を挙げてみましたが。結局のところは、単純に好みの違い、もしくは、成長する過程で何を見てきたか、という差によるものなんじゃないか、と思わなくもない。

  テレビドラマは苦手、と書きましたが、好きな作品もあるにはあるんです。『ちゅらさん』『こころ』『てるてる家族』『新選組!』『風林火山』『篤姫』『龍馬伝』……はい、NHKの連続テレビ小説、大河ドラマの枠です。

 

 別に両親がNHK至上主義、ってわけじゃないんですが。母親は民法のドラマも見てたし、父親はアクション系の洋画を楽しみにしていたし。

 ただ、テレビを付ければNHKになっていることが多く、月〜土曜の朝の時間、日曜の20時には、ほぼ100%がそうだった。両親がどちらも好きだったようなので。僕自身も、朝ドラは通学前にちょろっと見れる感じが、大河は幼い頃からの「和」に対する漠然とした憧れなどがそれぞれあって、好んで見ていたらしい。

 

 そんなことを鑑みれば、やっぱり好みの問題、育った環境の違いが、自分の触れるコンテンツにも影響を与えることになった、それだけの話なのかもしれない。

 

 別に、テレビドラマを批判するべくこんな記事を書いたわけではありません。ただ、自分はこんな印象を持っていて、身近な友達に聞いてみても、「変わってるなー」と言われてきたので。やっぱり、一般的な感覚じゃないのかしら。

 現在も、自分から進んでテレビドラマを見ようとは思わない。でも、それはそれで、どこかもったいないような気もする。こんな僕でも好んで見れそうな、何かおすすめの作品があったら、教えていただけると嬉しいです。気になるものがあったら、TSUTAYAまでダッシュします。

 

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